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~笑顔いっぱいの素敵な自分と出逢ってみませんか~ 

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こちらのコースは~ Reborn~をテーマとしています。
まずは自分自身と丁寧に向き合い、
理解し、認めて、受け入れる...
そして新たな自分と出逢っていく...


梶原 龍子 (~Yukiko Voice~との出逢い)
私が~Yukiko Voice~を始めたきっかけは、上妻インストラクターから薦められ、ちょうどその頃の自分も、年齢を重ねていくなかで、もう少しきれいになりたいとか少しでも若々しくすごしていきたいという気持ちがあったからだと思います。
~Yukiko Voice~のリーフレットのYukiko先生を初めて目にしたとき、なんとなく気になって~Yukiko Voice~ってなんですかと聞いたことを覚えています。
こうして、上妻インストラクターのプライベートレッスンが始まりました。
なんといっても最初に驚いたことは今まで私が体験したことのない体へのアプローチによって薬を飲まなくても普通にスムーズなお通じがあるようになったことでした。
あとは、むくみが少しずつとれてきて、肌が白くなってきて透明感がでてきたこともとてもうれしいことでした。
体の中の老廃物を自分自身の力で外に出すという当たり前のことができるようになっただけどこんなに体調がよくなるのかとびっくりしました。
食事に対する意識も変わっていきました。それまでは、甘いものが好きだったこともあり、体重が増えなければなんでもいいくらいで生活していましたが、そうすると、体は正直で、糖分の取りすぎから白眼が濁ったり、肌がくすみそしてたるみ、若返るどころか体は酸化して老け込むばかりだったことを身を持って認識しました。
私は、玄米食を取り入れたり、温野菜を食べるようにしてみたりとバランスのいい食生活で不思議と風邪をひかなくなり、花粉症の症状も以前より軽くなってきました。
三食きちんと食べて、しかも食べる量が増えても体重や体脂肪も減ってきて次々に変化を感じるようになっていきました。
また、上妻インストラクターのレッスンで、日々の生活の中で深く呼吸をする、声を頭蓋骨に響かせる頭声など今まで意識していなかったことも初めて体感できました。体そして心がリラックスする感覚もあり、いつも鎧を着ていたような体から力が抜けて、それが気持ちの変化に繋がっていき、心身ともにケアする大切さも学びました。
上妻インストラクターの後押しと応援があり、Yukiko先生のレッスンを受講することになり、体のケアと同時に私にとって一番欠けていた心のケアと向きあう時間へと繋がっていくことになっていきました。

(Yukiko
先生と出逢って向きあったこと)
こうして、Yukiko先生のレッスンが始まりました。
Yukiko先生の澄んだまっすぐな視線、力強さ、意思の強さを全身から感じ、なにも恐れない凛としたたたずまいを見て、どうしたらこんなふうになれるのだろうと思ったことを覚えています。
Yukiko先生とのレッスンでは、徹底的に自分自身が今まで歩んできた人生を一つ一つ丁寧に振り返りをすることになりました。もう、忘れていると思っていたことも、思い出したくないことも事実関係を時系列にそって、絡まってしまっている糸をほぐしていくような感覚でした。ずっと今まで、隠し事と嘘が多かった私には、最初から正直に自分をさらけ出すことができませんでした。どこか適当に言い逃れようとしたり、逃げ道を常に確保しようとしていました。嘘と隠し事だらけの私の日常がどれだけのリスクをもたらしていることもわからなかった私はそれと同時に自分がかかえている心の闇、ネガティブ感情に向きあうことになりました。

(コンプレックスと向きあって)

私は現在の山都町、旧清和村で生まれ、中学まで育ちました。
自然が多い、田舎の静かな村でした。私はずっと田舎生まれがコンプレックスでした。
田舎者と思われることがいや、田舎者と言われることがいや、そんな気持ちをいつも抱えて、これがコンプレックスの始まりだったと思います。
私には2才下の弟がいて、私はいつもしっかりしたお姉さんでいなくてはいけないと勝手に思い込み、そんなプレッシャーの中で生きていることをとてもしんどいと思っていました。
物心ついたときから両親の顔色を見て、言いたいことも言えませんでした。なんでも人よりできることが当たり前で、常に1番でいなくては親が喜んでくれない、2番ではだめなんだと思い込み、とにかく褒めてもらえるように振る舞っていました。親の決めたように、言われたようにしていればいいのだとずっと思い、自分の気持ちをぶつけることはありませんでした。
進学も自分の意思はなくて、親から進められ、親の期待に応えるために受験していました。結局受験はことごとく失敗に終わり、なにも自分で決めれないまま、目標も持たずそのまま大学まで進みました。大学でも、目標がなかった私は、バイトしたり、遊んだりと適当な毎日をすごし、就職も親頼みで社会に出ることになりました。

(気付き・信じる心)

私はYukiko先生のプライベートレッスンを継続して、今まで蓋をして見て見ぬふりをしてきた感情や出来事に向き合い、吹き出てくるネガティブ感情と初めて対峙することとなりました。
認めたくないようなことに対しては本当に正直な感情を出すことが難しく、一度Yukiko先生のレッスンから逃げたことがありました。
その時、自分ではなにも変わらないだろうと思っていたのですが、だんだん自分でもわからないくらい自分自身がずれていきました。あっという間に逃げてばかりの自分に戻ってしまいそうでした。
しかし、そんな私を見捨てることなくYukiko先生と上妻インストラクターが寄り添ってくれていました。そのことに気付き、またレッスンを再開することになったのですが、本当に身勝手な私がいまも~Yukiko Voice~を続けていられることは奇跡に近いものです。
自分のことも自分以外のことも何も信じていなかった私は初めて自分の中に芽生えた信じるという気持ちに気付けるようになりました。
そうすることで自分自身の荷物が一つ一つですが落ちていく不思議な感覚もありました。

(アソシエイトメンバーへのチャレンジ)

~Yukiko Voice~と出逢ってしばらくして、アソシエイトメンバーコースへチャレンジしたいと思うようになり、不安もありましたが自分の気持ちを信じてみることにしました。
アソシエイトメンバーコースではさらに自分のネガティブ感情がいかに自身に負荷をかけて体も心もガチガチにしてしまうことを認識しました。  
以前、私は頭の旋毛あたりに脂肪の塊みたいな瘤がありました。
最初は小さなおできを私は10年近くも放置して、それがだんだん大きくなり常に髪の毛を重ねて瘤が見えないように隠していました。家族からも早く病院に行くように言われていたのに恐怖が先に立ち、病院に行くということができませんでした。ひたすら隠して周りに気づかれないようにとびくびくしていました。
このことにも、やっとこれではだめだと奮い立ち、病院へ行きました。瘤は思っていたよりもあっさりとれて、どうして早く行かなかったのか自分でわからないくらい感情が麻痺していたのだと思いました。瘤を取ったことから隠し事が1つなくなり、心も体も軽くなったような気がしました。怖くても行動したら案外なんともないものだと初めて感じたような瞬間でした。
私はいろいろなことをこんなふうに、隠して、怯えて、それでもなんとかなると自分をごまかしながら生きてきたのだと思いました。
隠さず、行動することの大切さを~Yukiko Voice~が気づかせてくれました。

(正直になること)

私は、親に対してずっと自分自身の甘えから反発、反抗してきました。
自分が生まれ育った清和村のことも好きになれないままでした。
そんな私が、両親にずっと言えなくて隠していたことを正直に話す時間を持つことができました。
母には今のパートナーとのいきさつ、親に反発して清和を窮屈に思っていたこと、~Yukiko Voice~を始めたきっかけ、~Yukiko Voice~を続けて気づいたこと、母は涙しながらも私の話を最後まで受け止めてくれました。
母は母の辛さもあった中で、私を心から愛してくれて慈しんでくれていた気持ちを聞くことができました。
もっと早く母を信頼して正直に自分の気持ちを話してよかったのだと思えるようになりました。
父には今まで反発ばかりで、親の期待にわざと背くようなことばかりしてきたことを初めて謝罪しました。
そこで私の知らなかった父の生き様を初めて聞きました。
父も努力して辛いことを乗りきって私たち家族を守ってくれていました。
私は嫌いで反発ばかりしていた父を初めて尊敬しました。
また91才になった父が、「今もずっと私の幸せだけを願っている」と言ってくれた時、本当に父の娘でよかったと思い、全身全霊で育ててくれたことへの感謝を伝えました。
しかし、まだ両親の私への心配は尽きないようで、この先私は早く両親が心から安心できるような自立した私の姿を見せたい、と思いました。
そして、親との心の距離が近くなったことで、あまり足が向かなかった自分の故郷清和へ時間があると帰省すようになり、幼いころから変わらない景色、流れる時間、当たり前の澄んだ空気、眺めていた空、私は幼いときからずっとそれらに守られていたのだと思えるようになりました。
将来、~Yukiko Voice~を通して清和に恩返しができる自分になりたいことが私の目標にもなったような気がしています。

(インストラクターを目指して)

最初はなんとなく若返りたい、きれいになりたいという気持ちでスタートした
~Yukiko Voice~でしたが、ここでは語り尽くせないほどの気付きを私は得ました。
人の表情はネガティブなままですごすとこわばることも自分自身の変化を通して認識することもできました。
写真が一番わかりやすく、初めてのレッスンの時、目一杯笑顔で撮影してもらったつもりが、全く笑っていない怖い表情の自分が映しだされて愕然としたことを覚えています。
初回から段々と自分の表情、体つき、姿勢すべてに変化を感じることができたのも記録として残されていた写真を並べて見た時でした。
当時笑っていなかった目元が少しずつほぐれて、母からも久しぶりに会う知人からも「優しくなったね」と言われたときはとてもうれしく、そしてもっと穏やかで優しい表情になりたいと強く思いました。
私は自分を取りまくものの重さ、複雑さ、いびつさを思うとそんな闇に包まれてこの先の人生を生きていきたくない、だからこそ一筋の光を目指して進んでいきたいと思っています。
いま~Yukiko Voice~のアソシエイトメンバーとして「Reborn」をテーマにレッスンを重ねています。
しっかりと一つ一つ自分の今までの人生を正直に振り返り、そして他者に対して自分が持ったネガティヴ感情を反省し、事実を認めて、心から納得できるようになりたいと思います。
現在は、Yukiko先生のレッスン、上妻インストラクターのレッスン、熊日グループレッスンさらにソロコースでも学ばせてもらっています。
今まで私はいかに表面だけいい顔をして、気楽に適当に過ごしてきたのかがやっとわかるようになりました。
そして、いろいろなレッスンを通して新たな気付きが毎回あることを当たり前と思わずどれだけ特別な時間をすごせているのか感謝して、1日1日を大切にすごしたいと思えるようになりました。
私は、現在年齢が50代後半を迎えています。
~Yukiko Voice~を始めたころの私は体型もがっちりと丸みを帯びていました。
しかし、~Yukiko Voice~を続けて最初の頃とは驚くほどの変化がありました。
こわばって笑えなかった目元も周りから優しくなったと言われるくらいになり、体型もすっきりとなって、さらに正しい姿勢から背中のラインまで変化がでました。
まだ、私も進化できることを自分で実感できました。
今後私は生き直すためにも、インストラクターを目指して、〜Yukiko Voice〜を求める方達へ寄り添うお手伝いができるようになりたいと思っています。
私自身が精神的な自立と心から本当の笑顔で過ごしたいと思うように、一人でも多くの求める方達が心からの笑顔で過ごせるための一筋の光になれるように、
これからも信じる心、また私を支えてくれる家族への感謝の気持ちを決して忘れることなく、正直な自分で一歩一歩ではありますが決して歩みを止めず、
本当に自立した女性になっていきたいと強く思っています。

〜Yukiko Voice〜アソシエイトメンバー  梶原 龍子

 


宮川 理佳 <〜Yukiko Voice〜との出逢い>
私が、〜Yukiko Voice〜を初めて知ったのは、28歳の頃でした。
当時は一人暮らしをしており、フリーランスで仕事を始めたばかりでした。
マスコミ・メディアの仕事の他、イベントのMC、ナレーション…自分のやりたい仕事もできていましたが、仕事がなくなる不安から、とにかくいただいた仕事はやる!という生活でした。
~Yukiko Voice~を始めるまでは気づいていなかったのですが、28歳まで、私はずっと不満を抱えて生きていました。
恋愛に関しても将来に対して悲観的で、結婚も諦めていました。不規則な生活で、食生活も出来合いのものを買って食べることもしばしば。
お酒も周りの人から「強いね」と言われるほど飲んでいました。
月経不順、花粉症、風邪を引けば副鼻腔炎、肩こり、腰痛…今思えば身体が悲鳴をあげていたのに、
それに気づかぬふりをして働いていました。
そんな時、プラチナインストラクターの上妻インストラクターにお会いしたのが、〜Yukiko Voice〜に出逢うきっかけとなりました。
初めてお会いした時から「綺麗な方だなぁ」という印象でしたが、1〜2ヶ月に一度、会うたびにどんどん綺麗になられて、スタイルも変化されている様子に驚いた私は、上妻インストラクターに「何をしていらっしゃるんですか」と尋ねたのでした。

<初めての全身から緊張が取れる感覚>
初めてのレッスンは上妻インストラクターに教えていただく、プライベートレッスンでした。
呼吸を丹田まで下げて、しっかり吐くことを意識すること…。「丹田」という言葉を、普段の生活で意識したこともなかったですし、「吐く」ことに集中して呼吸をしたこともなかった私は、呼吸の大切さに驚きました。意識することで、いかに普段の生活で呼吸が浅くなっているのか。また丹田を意識して呼吸をすると、呼吸が深くなり、心が落ち着いてくる感覚がありました。呼吸を意識しながら自分の手で身体、顔、頭を触り、張っている部分、痛みを感じる部分を確認していきました。それだけで、身体の中からじんわりと温かくなり、額に汗が滲んできました。
その時、全身を血液が巡っているような温かさを感じることができ、身体が軽くなり、普段より肩がスムーズに動く感じがしました。まるでマッサージを受けたあとみたいに身体のこりや痛みが和らいで、これはすごい!と感動したのを覚えています。一番びっくりしたのは顔の変化です。
むくんでいて、しまりのない、顔が引き締まったようになり、目が生き生き!上妻インストラクターに撮っていただいたbefore afterの写真でしっかりと確認できたんです。
そして、いかに自分の体が疲れているのか、気付きました。ストレスで固まった身体と脳。そこに気付き、呼吸や手で触ることで、身体がこんなにリラックスできるんだ!顔の表情も変わるんだ!
これまで諦めていた自分の体型や顔が、自分の手でもっと輝けるのかもしれない!
可能性に気づいた初めての〜Yukiko Voice〜レッスンでした。
それから、週に1回の頻度で密にレッスン受講を続けました。受講すると、表情が明るくなり、やる気もみなぎってきます。リラックスできて、ストレスを受けた身体や、緊張が和らぎ、喜んでいるのがわかるからです。受講後の自分を維持したい、定着したいという強い思いもありました。また、レッスンを通した声で話した時の気持ちよさ、声を聞いている人たちが感じる心地よさ…これは人前に立って話す機会が多い私には体得したい発声法でした。

<Yukiko先生との出逢い そしてコンプレックスと向き合い始める>
ただ、私は、人前に立つと緊張して、声が震えたり、肩に力が入ってしまう様な性格で…こういう仕事をしながらも、人前が苦手というコンプレックスを持っていました。
そこで上妻インストラクターのアドバイスのもと、熊日学習プラザのグループレッスンを受講することにしたのです。
Yukiko先生に初めてお会いしたのも、このときでした。先生は華奢な身体なのに、声には力があり、どこまでも響き届く声でした。外見も、年齢を聞いてびっくりするくらい、若く見えます。女性としての柔らかさがありつつも、強さを感じる女性で、「こういう女性になりたい」とすぐに思いました。
さて、グループレッスンでは、途端に声が上手く響きませんでした。自分一人ではなく、ほかに人がいると思うと、つい他人と自分を比べてしまい、「人よりもっと声を出すぞ」という競争心、「あんなにいい声出せない」という劣等感、自信喪失などグループだからこそわかる自分のコンプレックスやネガティブな性格が見えてきました。
気持ち良く声が出せて、先生から褒められても「いや、今のはたまたま。」と、自分の成果を認めることもできない人間でした。仕事でも人前で緊張して自分の力を発揮できない理由が、グループレッスンを受けることでわかったのです。
私が人前で緊張を感じるようになったのは、高校時代からでしょうか。授業で発言をする時、顔が赤くなる自分が恥ずかしいと感じたことがありました。それ以来のトラウマをここで克服したい!との思いから、Yukiko先生のプライベートレッスンを受けるようになりました。

<アソシエイトメンバーを目指す中で知ったどうしようもない自分>
Yukiko先生のプライベートレッスンは、月に1~2回、自分の内面と向き合うことになりました。
内面を知るということは、自分の持つポジティブな面のほかに、自分の持つネガティブな面を知り、受け入れていくことです。
プライベートレッスンとグループレッスンを受けている内に、もっと自分の内面を知りたいと思うようになりました。自分の良さ、弱さを認め〜Yukiko Voice〜を教えていらっしゃるYukiko先生と、上妻インストラクターから溢れる強さと美しさに憧れたからです。
アソシエイトメンバーコースからは、「Reborn」をテーマとしたレッスンが始まりました。それはつまり、今まで取り繕ってきた自分の皮を剥がすことでした。それは本当に難しいものです。ポジティブな自分を受け入れるのはまだしも、ネガティブな自分を受け入れるのは認めるのを拒むほど、気持ちがわからなくなり、葛藤が起きました。
初めはYukiko先生の言葉が受け入れられず、反発ばかりしていました。反抗期みたいに、Yukiko先生のおっしゃることと反対のことをしようとしたり、先生の言葉と違うことが現実に起きればいいのにと願ったり・・・差し出された手を自分から振り払うようなことばかりしていました。
20代後半の大事な時期を、無駄にしていることにも気付かず、先生の言葉に反抗し、さらには自暴自棄から抜け出せるよう導こうとしてくださる先生に対して怒りの感情を向けました。でも本当は、その怒りは、当時私が抱えていた問題に対する怒りであることに、レッスンを通して気付くことができたのです。
またこのころの私は周りの幸せを妬ましく思い、人の輝きを認めることすらできずにいました。
それだけのネガティブな心を胸の内に隠して、人前では世間一般で言われる「正しいこと」を言う自分・取り繕う自分がいました。一方では自分を守り、一方では「どうせ自分なんて、こんなもんだ」という諦めがあり自暴自棄になってしまう自分。そんなどうしようもない自分を変えたくて、Yukiko先生や、上妻インストラクターのようになりたくて、私は心から〜Yukiko Voice〜を求めたのだと思います。
ネガティブな面も受け入れて、素の自分でいることのできる強さ。そこから生まれる美しさをYukiko先生と上妻インストラクターから感じていたのです。
先生は、どうしようもない私を本気で叱ってくださいました。「20代後半の一番大事な時期に、なにをしているのか」と。そして許されるべきではない行為をした自分を叱るだけでなく、しっかりと向き合わせてくださいました。現実から逃げないよう、時間をかけて、根気強く、ネガティブな自分と向き合わせてくださったのです。
そして、アソシエイトメンバーコースのレッスンを受けるうちに、私のネガティブの根源は幼少期から、自分自身で作り上げてきたものだと気づくことができたのです。
私には2歳年下の妹がいます。生まれつき障害があり、私が物心ついた頃には、母は妹のことで精一杯だったと思います。その分、幼少期は祖父母の家で面倒を見てもらいました。寂しくは無いけど、孤独はずっとありました。近くにいてくれる人もどうせいつかいなくなるんじゃ無いかなぁ。。という不安はどこかにあって、周囲の大人の顔色を伺い、良い子でいるようにしました。だから、取り繕うのが当たり前。それは癖のようなものでした。ほかの人が注目されるのを妬むのも普通でした。天真爛漫にしている同世代がうらやましかったです。そんなネガティブな自分はどんどん硬く築き上げられていきました。
その硬くなった自分を一つ一つ、Yukiko先生は向き合って、紐解いてくださったのです。
言いたいことがあるなら、言葉で伝えれば良い。結婚を諦めている。
現実から逃げてばかりの自分に対して、丁寧に向き合わせてくださいました。
そして、そんな自分と決別し、前へ進む手助けをしてくださったのです。

<過去の自分との決別>
私は、一人暮らしをやめ、実家に戻りました。
それでも、簡単に過去の自分と決別できるわけではありませんでした。生ぬるい環境に戻ろうとする私。なかなか次に進めない苦しさも味わいました。
また将来を考えずに生きてきた自分にとって、将来を考えられるような男性と関係を築いていくことが困難になっていることにも気付きました。
負けそうになる度に何度も何度も私を引き留めていただきました。どうして戻ろうとするのか・・・就職活動の時に行った自己分析とは比べ物にならないほどの緻密で繊細な分析をレッスンで重ねていきました。そこから導き出されるヒントをもとに、行動に移していく…根気のいる作業です。でも、これまでにした事のない行動をすることで、確実に内面は変化していきました。そして環境も変化し、それは自分の自信になり、次の一歩を踏み出す力となっていきました。
将来について考えることができない自分が、一人で物事を決められる、進められることに気づき、呪縛が溶けていくような感覚でした。そして、自分の表情が引き締まり、スタイルもよくなっていき、鏡に映る自分が少しずつ好きになっていきました。
一人暮らしをやめ実家に戻る事で、家族と向き合うことにもなりました。これまで言いたいことを言わずに逃げてきた私が、母に全部思いをぶつけることができたのです。
それでも母は、言葉を受け止めてくれました。「見放されるのではないか、がっかりさせるのではないか…だったら言わないまま、心の内に止めておこう。」それまで私を覆っていた恐れがその時にやっと剥がれたような感覚でした。そして、気持ちをぶつけてもちゃんと味方でいてくれる母の優しさを知ったのです。

<妹が教えてくれた優しさと許す心>
レッスンを重ねていく上で、それまで受け入れられなかった妹へのネガティブな心を認めるようになりました。
笑顔の柔らかい表情、そして精一杯生きている姿は、私に何物にも変えがたい生きてく強さと、許す心と優しさで接する温かさを教えてくれました。その素晴らしさを全身で、命をかけて教えるために、きっと私の妹として生まれてきてくれたんだね、と私はようやく納得したのです。

<インストラクターとして輝く自分に逢いたい>
~Yukiko Voice~と出逢ってから、過去の自分とは比べ物にならないくらい幸せを感じている自分がいます。金銭的に裕福になったとか、ほしいものが全部手に入ったとか、そういった幸せではなく、満たされた心があるんです。妹がいてくれることへの感謝の気持ち、いなかったら味わうことのできない生きる力を感じることができます。仕事でも、一人では何も決められなかった私が、一人でラジオのドキュメンタリーを作り上げることができるようになりました。取材も、編集も、ナレーションも全部自分で決めてできたんです。人によっては大したことないと思われることかもしれませんが、私にとっては大きな一歩です。その一歩の大きさに気付けるようになったのも、きっと心の豊かさが戻ってきたからなのかもしれません。当たり前のことに感謝できることで、心は豊かになると感じています。
自分と向き合っていくことは、これまでに起きた出来事や経験と自分を認め、納得していくことなのだと思います。それはすごく大変で難しくて、逃げたくなることもよくあります。
さらに先生の言葉に抵抗しようとする我の強さ、プライドの高さがいつも邪魔をします。
生まれ持った気質を受け入れ、向き合うことが特に大変です。
でも、それでも確実に意識、環境も変わります。自分に起きた過去の出来事も肯定できるようになるのだと思います。認める強さが、内面だけでなく、外見の美しさとなるのです。
〜Yukiko Voice〜は、自分が諦めない限り、輝く自分に出会えます。そう信じています。それは自分の可能性を信じること。自分自身を信じることです。
レッスンを受けながら、私には新しい目標が生まれました。
自分の経験を生かして、同じように苦しむ人がいるなら、その人が前へ進める手助けをしたい。今日、ここに全てをお書きしたつもりですが、自分でも気づけていないネガティブがまだあると思います。でも、こういう風に書こうと思ったのは、これを読んで一人でもいいから自分を諦めずに、変わりたいと思う人がいるなら、ヒントは〜Yukiko Voice〜にあるということを伝えたかったからです。
人の輝き、幸せを受け入れられずにいた自分は、ネガティブな心にエネルギーを使ってきました。それは間違っています。そのエネルギーはポジティブなことに使っていきたいです。インストラクターとして、自分の過去から学んだことを教訓に、人が輝く手助けができる人間になることが私の新しい目標です。
そして、自分の経験してきたこと、ネガティブな自分を作り上げてきたもの全て受け入れ、そして、本当の自分を隠さずに、堂々と歩いていきたい。
ありのままでいる自分、ありのままの自分を受け入れてくれるパートナーを見つけ、幸せな家庭を築き、
自立した女性になりたい。心からそう思います。

〜Yukiko Voice〜アソシエイトメンバー  宮川 理佳

吉朝 潤子「~YukikoVoice~との出会い」
私は、ストーリーテラーとして子どもや大人にお話を語っています。声を使うため、もっと心に届く声で語りたいと思っていました。新聞広告で〜YukikoVoice〜を知りました。他にも沢山のボイストレーニングがあることを知っていましたが、心に感じるものがあり、熊日生涯ブラザでグループレッスンを受け始めました。
私が思い描いていたボイストレーニングとは違いました。それは、自分の体と心に向き合う時間でした。当初の目的とは何だか違うという気がしましたが、その時間がとても心地よく、穏やかさと静けさに魅了されました。喜んで通っていましたが、あるところから、レッスンの中で求められる声が他の受講生のようには出せないことが増えてきました。私には、それがとても嫌で悲しくて、毎日家でレッスンで教えて頂いたことをやっていましたが、それでも、目立って改善はしませんでした。もう止めようと思ったことが何度もありましたが、レッスンの日になると、やっぱり魅かれて出かけていました。そんな中で、少しずつ自分が柔らかくなっていくような感覚がありましたが、やはり私だけができないことが重なったある日、Yukiko先生から「後は心の問題なのよ」と言われました。心の問題って何?と頭では分かりませんでした。しかし、心には、それだ!というような感じがありました。

「プライベートレッスン  ~母~」
私は、母と表面的にはうまくいっていましたが、根っこのところでしっくりいっていませんでした。
母から電話がかかってきた後はいつも心が波立っているのを感じるようになっていました。私は、子どものころから、母の要求に私が上手く応えられたときだけ受け入れられていると感じていました。私は、期待に応えるべく努力家で、いわゆる優秀ないい子として育ちました。
グループレッスンを始めて4年目に母の病気が見つかりました。余命半年から一年という診断でした。このまま、表面的にきれいに付き合ってお別れしたので本当に良いのかという気持ちが私の中に生まれました。その時Yukiko先生の言葉と、グループレッスンで感じていた心に届く不思議な心地良さと、直感を頼りにプライベートレッスンを受けることにしました。どういう解決があるのかもわからないけれど、何とかしたいという思いで、飛び込んでいきました。
レッスンを通して、母や父に対する思いや、自分が感じてきたことに、一つ一つ向き合っていきました。母が子育て中に置かれていた状況、時代の流れ、その時に感じてきたであろうことを丁寧に一つ一つ掘り起こしました。そして、その時代に父が置かれていた立場と父が感じていただろうことも掘り起こしていきました。時には、過去の問題を語る時に、生々しい感情が吹き出し、心の中で蓋をしてなかったことにしていたけれども、消えずに残っている感情に気が付き驚きました。そうしながら、月一回、大阪まで、母に会いに行き、一泊して過去の出来事の話やその時の気持ちや死を前にした今の気持ちを聞きました。今の母を感じ、その時の自分にできる限り正直に自分の心の奥の気持ちを話すことを始めました。沢山の心のエネルギーが必要でした。そして、だんだんと認知機能が衰え、体が弱っていく中での母の生きざまを見つめ、心で感じる時にもなりました。
そうする中で、時代の中で母と父が置かれた状況が分かり、両親の人生から、当時の二人の気持ちが分かり、どんなにその時代を精一杯に生き、そうしながら、どんなに私のことを愛してくれたのかが分かってきました。そして私自身が、心の奥で初めからずっと両親のことがものすごく好きだったことに気づき、だからこそ幼い私は、両親の気持ちに応えたいと強く感じていたことに気が付きました。そして、努力家で良い子として生きるのを選んだのは、幼い私自身であったということに気が付きました。
私は、母が大好きなことを伝え、母は、私に辛い思いをさせたことを謝り、私も、母に寂しい思いをさせたことを謝りました。心からの有難うと、愛していますを伝えることができました。そして、母は、「潤ちゃん大好き。生まれてくれてありがとう。私の人生で一番良かったことは、子どもが二人いたこと。」と言ってくれました。大阪に通っている間、母の体に触れ、母にも抱きしめてもらいました。通うたびに新しい発見があり、母と自分への理解が進んでいきました。長い間母を抱きしめることができませんでしたが、通いながら抱きしめることができるようになり、介護する中でも、何度も何度も抱きしめました。命の最期の時を一緒に過ごし、心いっぱいに有難うと大好きを伝えられて、本当に嬉しいです。母も、そして父も、とても喜んでくれたと思います。葬儀には厳粛中にも、まるで卒業式のような明るさがありました。私は、自分の心の中にあった本当の思いに気が付き、伝えることができたことで、心の縛りが取れたように感じました。

「父」
父は、母より10年も前に、病気で他界しました。私にとって父は怖い人でした。私は、父は、あんまり偉い人なので何を話したらいいか分からないという感じを持っていました。その父との間に私には心にわだかまっていた問題がありました。父が病気になった時も、生まれた子どもを見せに行った時も、私は父の心に近づきたくてたまらないのに、どうしても踏み込んで、後に、母との間でできたような赤裸々な心で出会うことができませんでした。母の所に通って、話をする中で父が時代の中で置かれていた状況や、その時の行動の意味と父の気持ちが分かり、父の人となりが分かるようになり、父がどんなに私のことが好きで、大事に愛してくれていたのかが分かるようになりました。そして、私は心の奥で、ずっと自分がどんなに父のことを好きだったか、大好きでたまらなかったかということが分かりました。父が、困難な状況の中でも、ずっと私たち家族を一生懸命に守ってきてくれたことが分かりました。そして、父の母への思いと、母に託していった私に対する思いを感じることができました。私が、こうやって今、自分の心と向き合い、絡まっていた心をほぐし、自分の感じ方のパターンに気が付き、それを捨てて本来の自分に近づくことができたのは、父が母に託し、二人の後押しと愛があったおかげだと今、分かります。
父が生きている間に、私は、父と心の底から出合うことができませんでした。そのことを父も感じていたと思います。だから、母に託していったのだと思います。私は、生きている父を抱きしめて、心の一番深い所からの有難うと、気が付かなくてごめんなさいと、大好きを伝えることができませんでした。でも、母に対して私が行ったことが、実は同時に父に対してもやれていたのだと感じています。父は、きっと喜んでくれたと思います。父は母に、「でかした。よくやり遂げてくれた。」と言ったと思っています。だからこそ、母は、あんなにやり遂げた満足感で帰っていったのだと思っています。

「振り返って」
母の事を皮切りにして、私は自分のストレスパターンを知り、そのストレスパターンに向き合うことができるようになっていきました。そして更に自分の心と向き合う中で、当たり前になってしまっていた行動の裏に、蓋をしていた感情や思い込みがあることに気が付いていきました。その一つ一つに向きあい蓋を開けて、その感情を認め、納得して心の中に入れなおしていきました。心のエネルギーが必要でしたが、心の絡まりを解き、自由になっていく大きな喜びがありました。変化は少しずつでしたが確実にあり、それによって、表情が変わり、自分が見える部分や感じることが変わってくることが実感できました。
私は子どもを授かった時にその命の重みと責任を強く感じ、子育てに全身全霊をかけると決心しました。私は、その時の自分にできる最高の力で子どもを愛してきたと思っています。成長した子どもたちの姿にも満足してきました。しかし、子どもたちの中には今まで私が見えていなかった心の部分があることに気が付きました。子どもたちの心も少しずつ変化し、私の変化が私一人の変化にとどまらないことを感じています。
そして、私は、心の重しを取ることで、グループレッスンで出せなかった声が気持ちよく出せるようにもなりました。
私が、自分の内面に起こってくるものよりも、外の物差しに無理やり自分を当てはめようとしていたことを感じます。
今、自分の心に向き合うのが喜びになり、自分がとても好きになっています。自分が大事に感じられるようになり、自分をさらに豊かに育てたいと思っています。今の私は、立ち止まって自分と深い対話することがものすごく貴重なことに思えます。もっと自分を知りたい。感じたい、そして自分の深い心の声を的確に聴いて毅然として生きていける自分になりたいと願っています。自分の中に答えがあることを知ったのも全く大きな喜びです。変化し成長していく自分が好きです。そして私は、ずっと両親をはじめとする先祖と家族に大切に思われ、大事に守られてきたということにも気が付き、当たり前の日常に深く感謝できるようになりました。
ここまで歩いてきて、私は今、人の心に寄り添い、励まし、その人本来の姿で輝いて生きていくお手伝いができたら、凄いだろうな。と思いはじめています。



〜Yukiko Voice〜アソシエイトメンバー  吉朝 潤子